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他者の存在が与える行動への影響【3】ー観客効果(オーディエンスエフェクト)その1

他者の存在が与える行動への影響第3回、観客効果(Audience Effect)について書いていきたいと思います。

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皆さんは、同乗者がいると1人の時と比べて駐車にてこずってしまったり、逆に高速では普段より車を飛ばしてしまったなんて経験はありませんか?

スポーツやってる人なんかでは、観客の有無で調子が上がったり、逆に練習通りのパフォーマンスができなかったりした経験があるのではないでしょうか。

もちろんこう言った行動は様々な要因が組み合わさっていることだと思いますが、両者の共通の理由の一つとして挙げられるのが観客効果です。

 

このテーマで書いた過去2回の記事では、”優しさ”を阻害したり、サボりを助長したりするなど、他者の存在が与えるネガティブな影響について書いてきました。

今回の記事では、今までの記事と違い、ネガティブな影響というよりは、時と場合によって与える影響が与える、若干複雑な現象について扱っていきます。

 

 

 

観客効果と社会的促進(抑制)

観客効果というのは、観客=見物人の存在の有無で、その人のパフォーマンスが向上したり、抑制されたりする現象のことです。

他者の存在そのものなのか、誰かから評価されることだからなのか、等理由が必ずしもはっきりしないため、ここでは観客という表現を使います。

社会心理学で、このように観客の存在によってパフォーマンスが向上することを社会的促進(Social Facilitation)、パフォーマンスが損なわれることを社会的抑制(Social Inhibition)と言います。

一般に、その人が得意とするタスクの場合は観客の存在によってパフォーマンスが向上しますが、苦手とするタスクの場合はパフォーマンスが損なわれます。

よく教科書に上がる例としては、ビリヤードが得意な学生は他者の存在によってパフォーマンスが上がったのに対し、不得手な学生はパフォーマンスが下がったなんてものもあったりします(文献を発見できなかったorz)。

また、これらの現象は人間だけでなく、ゴキブリ(簡単な迷路の場合は早く抜けるのに対し、複雑な迷路では遅くなる)や鼠(より多くセックスをする、食べる)などでも起こることが確認されています。

このように広い範囲で確認されている観客効果ですが、元々の現象は少し違った形で発見されました。

 

トリプレットと共行動効果

いわゆる社会的促進と同じ効果は、19世紀にはサイクリングの世界でよく知られた現象(ペースメーカーがついたり、だれかと競争しているときの方が1人で走るときと比べて速く漕ぐことができる)でした。

この社会的促進に注目して、世界で最初に実験室の中でこの現象を再現したのがアメリカの心理学者、ノーマン・トリプレット(Triplett)でした。

彼は1989年に11歳前後の子供たちを対象に、参加者を他の子どもたちと競争している場合と、1人でやっている場合の2通りの場合に分け、釣り具のリールのようなものを巻く速さを図る実験を行いました。(この実験は、世界で最初の心理学の実験と言われています)。*1

Triplett's experiment

実験器具(Triplett, 1898)

結果、ほとんどの子供は、他の子どもと競争している(一緒にリールを回している)時の方が1人でやっている時よりもパフォーマンスが向上することが分かりました。このことから、トリプレットはこのパフォーマンスの向上(社会的促進)の要因を「競争(=共行動)」にあると考えました。このように同じ行動をする他者の存在がパフォーマンスを上げる現象のことを共行動効果(Co-actor effect)といいます(このシリーズの中では、観客効果のサブクラスとして扱います)。

また他にも、オルポートが1920年に行った実験*2では、フリーアソシエーショタスク*3において、参加した学生の内93%の人の思いついた単語の数が、同じタスクをする他者の存在(共行動)によって増えました(ちなみに、「社会的促進」という用語はオルポートによって使われるようになりました)。

このように、共行動効果を中心に社会的促進の実験が行われたのですが、その結果は必ずしも社会的促進を生むものとは限りませんでした。

例えば、1928年にトラビスがどもりを持っている人を対象に行ったオルポートの実験の追試*4では、参加者の内80%の人は1人でやった方がより多くの単語を思いつく(社会的抑制)という反対の結果が得られました。

このように他者の存在(この場合は同じ行動をする他者の存在)は、その人にとって簡単なタスクの場合(リールを回したり、単語を並べていったりするタスク)のパフォーマンスを向上させ、逆に難しいタスク(例:上のトラビスの実験)の場合パフォーマンスを損なわせることがわかりました。

 

観客効果へ

ここまで、同じ行動をする同種の他者によって社会的促進や抑制が起こる現象(共行動効果)の説明をしてきましたが、その後、似たような実験の繰り返しで共行動に限らず、完全に受動的かつ無反応は他者(=単なる他者の存在・観客)の存在によっても同じ現象が起こる事がわかってきました。

例えば、コッツァーによって2007年に行われたフリースローに関する実験*5では、経験者のフリースロー精度は単なる他者の存在によって有意に上がったのに対し、素人の制度は有意に下がりました。

figure 1

他にも、他の人と一緒にいると、1人の場合と比べて食べる量と時間が長くなった、なんてことも確認されてたりします。

同様の現象は人間以外でも確認されていて、ザジョンクらが1969年に行ったゴキブリを対象にした実験*6では、まっすぐな道を走らせた場合(簡単なタスク)1匹で走らせた時と比べて、競争相手や観客がいる時の方が速く走ったのに対し(社会的促進)、迷路を走らせた場合(難しいタスク)は、1匹の時の方が速く抜けることが観察されました。(同時に、この実験では共行動者ではなく観客であっても同じ現象が起こることが確認されました)

このように、単なる他者の存在がタスクの難易度に応じて社会的促進や抑制といった現象を引き起こすため、同じ行動をする他者(=共行動)と対比して、「観客」効果というようになりました。

 

以上が観客効果その1ー共行動効果との関連とその歴史ーになります。

今回で観客効果を終わらせる予定でしたが、文字数とモチベーションの都合上観客効果のモデルをこの記事内で書くことが難しいということで、2分割することにしました。

次回は観客効果を説明する6つのモデルを紹介しますが、内容的にはさして重要ではないので、飛ばしてもらっても全く構いません。

それでは、また次回、もしくは次々回お会いしましょう。

*1:Triplett, N. (1898). The dynamogenic factors in pacemaking and competition. The American journal of psychology, 9(4), 507-533.

*2:Allport, F. H. (1920). The influence of the group upon association and thought. Journal of Experimental Psychology, 3(3), 159-182.

*3:フリーアソシエーションタスクとは、最初にある単語が与えられたうえで(「建物」、「実験室」、など)、それを元に参加者が思いついた単語を言ったり書いたりしていくものです。浮かんだ単語の数をパフォーマンスの基準として記録します。文章や特定の言い回しから取った単語は簡単に数を増やせてしまうので禁止されている場合があります。フロイドによって提唱された自由連想法(自由連想法 - Wikipedia)をほぼそのまま実験に利用しています。

*4:Travis, L. E. (1928). The influence of the group upon the stutterer's speed in free association. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 23(1), 45-51.

*5: Kotzer, Robert D. (2007) "The Social Facilitation Effect in Basketball: Shooting Free Throws," The Huron University College Journal of Learning and Motivation: Vol. 45 : Iss. 1 , Article 8. 

*6:Zajonc, R. B., Heingartner, A., & Herman, E. M. (1969). Social enhancement and impairment of performance in the cockroach. Journal of Personality and Social Psychology, 13(2), 83-92.