記憶の整理

大学の講義やコース、オーストラリアでの生活に関するブログ

他者の存在が与える行動への影響【4】ー観客効果(オーディエンスエフェクト)その2

f:id:koyaku524:20181211172412j:plain
前回の投稿(-)から引き続き、観客効果(Audience effect)に関する投稿になります。

今回の投稿では観客効果を説明する6つのモデルについて解説していきたいと思います。

 

前回の投稿で、受動的かつ無安納な他者=観客の存在によって簡単なタスクのパフォーマンスが上がったり(社会的促進)、難しいタスクのパフォーマンスが下がったり(社会的抑制)する事を実際に行われた実験を交えて説明していきましたが、実はこれがどのような原理で起こっているのかはっきりしていません。

今回はこの現象を説明しようと考案された6つのモデルを時系列に沿って解説していきます。

一般的に、前半のドライブ系モデル群(1~3)と後半のそれ以外のモデル群(4~6)とに分類されます。

 

 

 

1:ドライブ理論 (Drive Theory)

ザジョンク(Zajonc)が1965年に提唱した、観客効果の最初に作られたモデルです。基本的にドライブ系のモデルはこれを基に発展させた形になります。

ザジョンク曰く、単なる(生物学的に同種な)他者の存在は本能的に当事者を刺激し覚醒させます(この心理的な機能を”ドライブ”といいます)。このドライブが支配的な反応(習慣的な行動)を増やすことで、その人にとって簡単なタスク(=習慣的行動が正しい行動の場合)であれば、パフォーマンスが向上し、難しいタスク(=習慣的な行動が誤った行動の場合)であればパフォーマンスが損なわれるようになります。これがドライブモデルによる観客効果の説明です。

例えば、あなたが初心者のバイオリニストだったとします。このモデルによると、繰り返し練習した得意なレパートリー(=習慣的な行動)は観客の前で弾いた方が上手に弾けるのに対し、あまり練習したことがない苦手なレパートリーは習慣的な行動ではないため、逆に観客がいることで一人の時と比べ上手く弾けなくなってしまう、という訳です。

zajonc

ドライブモデル

以下の2つのドライブ系モデルは後半部分(ドライブ→社会的促進・抑制)の理屈は基本的に同じですが、何が”ドライブ”させる覚醒を引き起こすのかに違いがあります。

 

2:評価懸念モデル (Evaluation Apprehension Model)

ザジョンクのドライブモデルは、単なる他者の存在が”ドライブ”ドライブを引き起こすのに十分である、という前提に基づいてできています。

その前提に疑問を投げかける形でコットレル(Cottrell)提唱されたのが、この評価懸念モデルです。

このモデルは1と違い、(少なくとも)人間は他者からの評価に基づいて社会的報酬や罰を受けることを学ぶので、”ドライブ”は他者からの評価を懸念して起こるとされています。そのため、単なる他者の存在ではなく、「意識を向けている」他者の存在がドライブを引き起こすとコットレルは考えました。コットレルの実験*1では確かにサポートされましたが、他の研究では好ましい結果は得られていません。

このモデルを元に1のバイオリンの例を使うと、目隠しと耳栓をした観客と、しっかりとパフォーマンスを見る観客の2つのパターンがあった時、前者では観客効果が起こらず、後者では観客効果が起きると考えられます。

evaluation apprehension

評価懸念モデル

 

3:注意対立理論 (Distraction Conflict Theory)

注意対立モデルは1978年にバロンらによって考案されたもので、このモデルによると、他者の存在は「注意をそらすもの(distraction)」であり、行為者の頭の中で、タスクに注意を向けるべきか他者に注意を向けるべきかの認知的対立を生むとされています。この認知的対立が行為者を覚醒させ、”ドライブ”を生むことで、今までと同様に社会的促進・抑制が起こるとバロンらは考えました。

バイオリンの例を使うと、1と同じように観客効果が起きるけど、その理由は単なる他者の存在に対する本能的な反応(”ドライブ”)ではなく、他者の存在が認知的対立を生むために起こる、とこのモデルから考えられます。

ちなみにサンダースら*2によると、単なる他者の存在と一口に言っても、同じタスクをする他者の存在の方が、異なったタスクをする他者の存在より強い観客効果を生むとされています。

distraction conflict

注意対立モデル

注意対立モデルは上2つのドライブ系モデルより優れた点が2点ほどあります。1つ目は他者の存在を「注意をそらすもの」として扱った点にあります。観客効果と似た形で起きる社会的促進(簡単なタスク)・抑制(難しいタスク)は光やノイズ等他の一般的な「注意をそらすもの」でもよく見られる現象のため、直接的な実験以外での論理的なサポートが多いためです。2つ目は、動物でも起きる観客効果をより正しく説明できる点にあります。そもそものドライブモデルでは”ドライう”起こる理由が不明確であり、また評価懸念モデルで”ドライブ”を起こすとされる「他者の評価を懸念する」という感情が果たして動物にあるのか不明確であるためです。

 

 

 

このように、3つのドライブ系モデルの中では注意対立モデルが優れていたわけですが、そもそもドライブ系モデルには根本的な問題がありました。

それは、そもそも”ドライブ”とは何なのかという点にあります。ドライブは定義上心理的な変化であり、それ自体を測定することは非常に困難です(例え頭に電極を差すことが倫理的な壁をクリアできたとしても、”ドライブ”だという証拠を集めるのは難しい)。

また、仮に”ドライブ”と覚醒が全く同時に起こるものだと仮定したとしても、これらのモデルを作るに至った研究の中で、生理学的に覚醒を証明するデータ(手のひらの発汗量・心拍数、など)がないため、その当時”ドライブ”を証明する証拠は一切ありませんでした。

このように、上記3つのドライブ系モデルは”ドライブ”という不明確な空想上の存在に依存しており、科学的な正当性に乏しい状態でした。

そこで、考えられたのが下3つの”ドライブ”に頼らない観客効果の説明です。

 

4:自己認識理論 (Self-awareness Theory)

自己認識理論では、自己認識が起こる環境の中で実際の自分の実力と理想的な自分の実力のギャップを認識し、その大きさによって社会的促進と抑制が起こると考えられています。

簡単なタスクの場合は、自分が実際にできるパフォーマンスと、自分の理想とするパフォーマンスに開きがあまりないため、モチベーションが上がり、集中することでそのパフォーマンスが上がる一方、難しいタスクの場合は、自分の実力と理想的なパフォーマンスをするのに必要な実力に開きがあるため、モチベーションが上がらず挑戦しないため、パフォーマンスが妨害される、と考えられています。

バイオリンの例を用いると、自分が上手じゃないのを知っているので、得意なレパートリーはしっかりやろうとモチベーションを上げて集中できるけど、難しいレパートリーはどうあがいてもできないので、やる気をなくして雑にやっちゃう、みたいな感じです。

この自己認識が起こる環境というのが少し厄介で、必ずしも今まで扱ってきた「観客」である必要はなく、鏡に映る自分なんかでも同じようなことが起こるとされています。

self-awareness theory

自己認識理論

 

5:注意力過負担モデル (Attention-overload model)

3の注意対立モデルと非常に似たモデルで、観客を「注意力をそらすもの」として扱います。

このモデルによると、観客の存在は認知的に強い負担をかけることになるため、当事者の注意力を狭い範囲に集中させるようになります。

そのため、簡単なタスク(少ない要点に集中すれば上手にできるタスク)は余計なものに注意を払わず集中できるのでパフォーマンスが向上します(社会的促進)。一方で、難しいタスクは多くの要点に集中しないと上手にできないため、集中力が狭められた結果パフォーマンスが損なわれます(社会的抑制)。

バイオリンの例でいうと、観客がいると意識を向けられる範囲が狭まるので、あまり考えずにできる得意なレパートリーは集中しているのでよりうまくできますが、苦手なレパートリーは考えることが多いので、そのいくつかを見落としてしまい、下手になってしまう、みたいな感じです。

attention-overload

注意力過負担モデル

 

6:自己予想ー社会的評価モデル (Self-expectations and Social Evaluation)

最後に紹介するのがこの自己予想ー社会的評価モデルです。

1992年にサンなによって考案されたモデルで、簡単に言うと上の2と4を融合させたようなものになります。

このモデルによると、簡単なタスクは上手にできると自己への期待が高く、観客からのポジティブな評価を期待できるので、やる気も出てパフォーマンスが向上するのに対し、難しいタスクは自己のパフォーマンスへの期待が低く、観客に失望されるのではと予想するため、やる気も出ずパフォーマンスが低下します。

再三使ったバイオリンの例を用いると、自分の得意なレパートリーは上手にできると予想できるので観客の評価の期待値が高く、それがモチベーションとなってパフォーマンスが向上しますが、苦手なレパートリーは上手くいかないと予想するため観客の評価の期待値が低く、モチベーションも高くないのでパフォーマンスが低下する、みたいな感じです。

self-expectation and social evaluation

自己予想ー社会的評価モデル

 

 

以上が観客効果その2、観客効果を説明したモデルの解説、になります。

この中でどのモデルが最も優れているか、というのを決めるのは少し難しいですが、個人的には6がなんか良さげな気がします(雑感。

というのも以前は5と3の方がいいのではと思っていたのですが、3と5のモデルを元に授業のレポートのために行った実験であまり好ましい結果が得られなかったんですよ。

他にも観客効果自体の存在が疑わしい、みたいなメタアナリシス論文を見かけたりしたのでここら辺の話もおいおい違う形で書けたらな、と思います。

 

書いていたらかなり長くなってしまったため予定を変更して2分割して投稿しましたがいかがだったでしょうか。

今回の投稿で、4回にわたっていたテーマ:他者の存在が与える自分の行動への影響は終わりになります。

最初は1テーマ1投稿の予定だったのですが、こうしていざ書き出してみるとかなり無謀なことを考えていたな、と思います。

次回の投稿からはまた別のテーマで書いていきたいと思います。

(テーマ:同調と反抗、全3回を予定しています)

それでは、、、

*1:Cottrell, N. B., Wack, D. L., Sekerak, G. J., & Rittle, R. H. (1968). Social facilitation of dominant responses by the presence of an audience and the mere presence of others. Journal of Personality and Social Psychology, 9(3), 245-250.

*2:Sanders, G. S., Baron, R. S., & Moore, D. L. (1978). Distraction and social comparison as mediators of social facilitation effects. Journal of Experimental Social Psychology, 14(3), 291-303.