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他者の存在が与える行動への影響【2】ー社会的手抜き(ソーシャルローフィング)

Loaf of bread

前回に引き続き、「他者の存在が与える行動への影響」その2をやっていきたいと思います。

今回は、社会的手抜き(Social Loafing)を扱います。内容としては、経済学で出てくるフリーライダー問題なんかに少し関連した内容になります。

 

今まで生きてきた中で、学校教育・労働を通じて、誰かと協力して1つのアウトプットを生む共同作業は誰しも経験してきていると思います。そういった作業で、「自分一人ならもっとうまくやれるのに」とか「あいつ真面目にやってんのかよ」、といった事を考えたことはありませんか?少なくとも私はあります(笑)。少しずれますが、働きアリは必ず2割がさぼる、なんて話もあるように、グループワークになると、必ずと言っていいほど「主観的に」碌に仕事をしない人がグループの中で現れて来ます。

 

そうした共同作業が学校の課題であったり、重要なプロジェクトならまだしも、質も量も大して重要ではない作業だった場合、どのような行動をとるでしょうか?少なくとも私ならできる限り手を抜くでしょう。結果、それぞれの人が手を抜いていく訳ですから、その共同作業の生産性はかなり下がっていってしまいます。

 

社会的手抜きは、このようにグープワークで全体の平均した生産性が個人でやるときよりも下がるという問題を扱っています。(といっても多少はアウトプットに貢献しているのでフリーライダーよりかはましですが、、、)

 

 

社会的手抜き

社会的手抜きとは、通常の共同作業(それぞれのアウトプットが一つのアウトプット
としてプールされた作業)をする場合、1人ないしアウトプットがプールされない共同作業をする場合に比べて、個人が手を抜いて作業をすることです。

1913年にフランスの農業工学者リンゲルマンが発見したリンゲルマン効果がもとになり、その後研究されるようになりました。

このリンゲルマンの実験*1では、参加者はそれぞれ1人(個人)~6人のグループでロープを引き、その力の強さが計測されました。予想に反し、人数に比例してロープを引く力は強くなることなく(全体の力としては強かった)、グループの人数が増えれば増えるほど平均した引く力は弱くなっていきました。このようにグループの人数が増えるにつれ、個人の作業にかける労力が減っていく現象をリンゲルマン効果といいます。

Figure 1

縦軸は1人を1とした時の力の割合

 

心理的要因と物理的要因

リンゲルマン効果の要因は大きく分けて二つ考えられます。物理的要因と心理的要因です。上の実験だけでは、他の人と共同で引いているため、社会的手抜き(心理的な要因)が原因ではなく、体勢の問題で強くひけていないだけかもしれない(物理的要因)、という疑問が残ります

それらの要因を検証したのが、インガム等による実験です*2。この実験では、それぞれの要因を検証するため、参加者を

  1. 参加者に目隠しをしたうえで、実際に他の参加者と一緒にロープを引っ張ってもらう場合
  2. 他の参加者がいると誤情報を与えたうえで一人で引かせる場合

の2つに分け、先ほどのように1人(個人)~6人のグループでロープを引っ張ってもらいました。前者は基本的にリンゲルマンの実験とほぼ同じですが、後者はリンゲルマンの問題点であった物理的な制約を取り払ったものになります。

結果はある意味予想通りで、どちらの場合でもグループのサイズが大きくなるにつれ、一人当たりの引く力は徐々に弱くなっていきました。ただ、やはり体勢の影響はあるようで、実際に他の参加者と引いてもらっているグループの方が力の減り具合は大きかったようです。(もしくはより他者の存在を強く認識したからかもしれませんが、、、)

figure 2

縦軸は1人を1とした時の力の割合/灰色はリンゲルマンの実験での値

 

ロープ以外の手抜き

ここまで、ロープを引く実験について扱ってきましたが、社会的手抜きはロープの問題に限らず、他の様々な場合でも起きます。

例えば、前回のバイスタンダー効果でも出てきたラタネ氏らが行った実験*3では、ロープではなく、応援と拍手の音圧とグループの人数の関係について調べました。

この実験では、1人(個人)、2人、4人、6人の参加者グループそれぞれの一人当たりの音圧を調べました。結果、この実験でも一人当たりの音圧はグループサイズが大きくなるにつれ小さくなっていきました。このように、ある程度限界はあるものの、グループサイズが大きくなればなるほど、(平均して)人間は手抜きをしていってしまします。

 

社会的手抜きが起きる理由

なぜ、このようなことが起こってしまうのでしょうか、3つの理由が考えられます

1:個人ごとの評価の欠如

  • 「俺がサボっても分からないわけだし、サボっちゃおう!」、的な感じです
  • グループワークでは他のメンバーが匿名性の隠れ蓑となって、誰がサボっているのかが有耶無耶になりがちです。よって個人個人はサボるインセンティブが与えられ動かない人間が出てきてしまうわけです。
  • 逆に個人個人の成果がわかってしまう状況であれば、他の人(外部ないしグループ内)からそれを基準に票かされるという懸念からしっかりとコミットするようになります。

2:成果の平等性

  • 「他の人もサボってるだろうから、自分も手を抜かないとなんかもったいない」、みたいな感じです。
  • 人間だれしも他の人間がサボっているという風に疑ってしまいます。よってそこで自分だけ頑張って高い成果を出すのではなく、他の人のサボってるであろう成果レベルに自分のアウトプットも合わせてしまおう、という風に考えるわけです。
  • 一緒に行動している相手が自分の予想を下回るアウトプットしか出せていない場合、自分もそれに合わせてアウトプットを下げてしまおう、という理屈です。

3:不明確な基準

  • 「どのくらいちゃんとやればいいのか良くわからなし、とりあえず適当にやっておこう」、みたいな感じです。
  • 個人が達成すべき明確な基準がないため、個人個人がだらだらと仕事をやってしまいがち、というのが三つ目の理由です。
  • 逆に明確な個人的、社会的、ないしグループの基準があれば手抜きを減らすことが期待できます。

他にも、バイスタンダー効果にも出てきた「責任の分散」やそれと似たものとして、自分の努力に価値がないという考え(「自分一人がサボっても、グループ全体の成果にさして影響はないだろう」)、というのもあります。

 

社会的手抜きの度合いに影響を与える要因

  1. 明確かつやる気を与える目標の存在(あると個人個人の努力が計測(特定)可能かどうか:特定可能な場合、社会的手抜きの効果は弱まります。
  2. 文化的な違い:個人主義より集散主義的な文化的バッググラウンドを持つ人間は手抜きしにくいです。ホフステッド博士が言ってることですね。
  3. グループの親密性:より親密であればあるほどグループのために努力するようになります。(グループという存在の重要性1)
  4. グループ間での競争:競争に勝つために出来得る最大の成果を出そうとするためです。(グループという存在の重要性2)
  5. 明確かつやる気を与える目標の存在:これがあると手を抜きにくくなります。
  6. 与えられたタスクの重要性:タスクが興味深く、当事者にとって意味がある場合は逆に生産性が上がったりします。

今まで人が集まって共同作業をすると生産性が下がる、という話をしてきましたが、こと上記の要因(6)に関しては、その逆の結果を得た実験があります。

1984年にザッカロが行った実験*4で、参加者は二人ないし4人のグループに割り当てられ、全てのグループは紙を折る単純な作業をするように言われました。

それに加え、タスクの重要性に違いを持たせるため、いくつかのグループは単にタスクをやるように言われたのに対し(意味のないタスク)、残りのグループは成績への加点をエサにした他のグループとの競争だといわれました(意味のあるタスク)。

意味のないタスクでは、今までの内容と同様に4人グループの方が1人当たりの生産性が低くなったのに対し、意味のあるタスクに取り組んだグループでは4人グループの方が生産性が高くなりました。

Figure 3

これは他のグループに勝って成績に加点してもらうために、他のグループメンバーの(自分が認識している)努力の欠如や実力不足を補おうとした結果だと推測されます(これをsocial compensation(社会的補填)といいます)。つまり、タスクに重要性がある場合、生産性を下げている要因が逆に生産性を上げることにつながっているわけです。

 

 

今回は社会的手抜き(Social Loafing)について扱ってきましたが、いかがでしたか。社会的手抜きは前回の傍観者効果と比べて、身近な経験があった方も多いのではないかと思います。

「他者の存在が与える行動への影響」というテーマで2回ほど投稿しましたが、次回の観客効果(Audience Effect)を最後に次のテーマに移りたいと思います。

それでは

 

(全体的にはVaughan, G. M., & Hogg, M. A. (2008). Introduction to social psychology (5th Ed). Frenchs Forest, N.S.W.: Pearson Education Australia.を参考にしています)

*1:Kravitz, D. A., & Martin, B. (1986). Ringelmann rediscovered: The original article. Journal of Personality and Social Psychology, 50(5), 936-941. doi:10.1037/0022-3514.50.5.936

*2:Ingham, A. G., Levinger, G., Graves, J., & Peckham, V. (1974). The Ringelmann effect: Studies of group size and group performance. Journal of Experimental Social Psychology, 10(4), 371-384.

*3:Latané, B., Williams, K., & Harkins, S. (1979). Many hands make light the work: The causes and consequences of social loafing. Journal of Personality and Social Psychology, 37(6), 822-832.

*4:Zaccaro, S. J. (1984). Social loafing: The role of task attractiveness. Personality and Social Psychology Bulletin, 10(1), 99-106.